東京高等裁判所 平成11年(行ケ)139号 判決 2000年12月14日
原告
スリーディ、システムズ、インコーポレーテッド
代表者
【A】
訴訟代理人弁理士
【B】
同
【C】
同
【D】
被告
エヌ・ティ・ティ・データ・シーメット株式会社
代表者代表取締役
【E】
訴訟代理人弁護士
古城春実
被告
帝人製機株式会社
代表者代表取締役
【F】
訴訟代理人
高村一木
同
野上邦五郎
同
杉本進介
同
冨永博之
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成8年審判第4789号事件及び同年審判第10672号事件について平成10年12月18日にした審決のうち、「特許第1979820号発明の明細書の特許請求の範囲第1項、第2項、第7項に記載された発明についての特許を無効とする。」との部分を取り消す。
訴訟費用は被告らの負担とする。
2 被告ら
主文1、2項と同旨
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、発明の名称を「三次元の物体を作成する方法と装置」とする特許第1979820号発明(昭和60年8月8日に出願した特願昭60-173347号(以下「原出願」という。)の分割出願として平成元年5月1日に出願され、平成7年10月17日に特許権設定登録されたものである。以下「本件発明」という。)の特許権者である。
被告エヌ・ティ・ティ・データ・シーメット株式会社(以下「被告シーメット」という。)及び被告帝人製機株式会社(以下「被告帝人製機」という。)は、それぞれ本件発明に係る特許を無効にすることについて審判を請求し、特許庁は、被告シーメットの請求を平成8年審判第4789号事件とし、被告帝人製機の請求を同年審判第10672号事件として、これらを併合のうえ審理した。被告は、この審理の過程で、本件発明に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した。特許庁は、本件訂正を認めず、平成10年12月18日、「特許第1979820号発明の明細書の特許請求の範囲第1項、第2項、第7項に記載された発明についての特許を無効とする。特許第1979820号の発明の明細書の特許請求の範囲第8項に記載された発明についての審判請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を平成11年1月20日、原告に送達した。なお、出訴期間として90日が付加された。
2 本件訂正後の特許請求の範囲(以下、この発明を「訂正発明」という。別紙図面参照。)
(1) 第1項
硬化し得る流体媒質から三次元物体を自動的に作成する方法において、作成する三次元物体の断面を表すデータを創成し、前記データに応答して発生される硬化用照射のビームに指定された作業面上の前記流体媒質を曝して輪郭を有する第1断面層を形成し、この硬化用照射のビームが立体造形を迅速化するために直径1mmより小さいスポツトサイズと、少くとも1ワット/cm2の強度を有し、1mm以下の厚さをもつ次の流体層を前記第1断面層に自動的に積層し、前記次の流体層を硬化用照射に曝して第2断面層を形成し、前記流体媒体が1mmより小さい厚さをもつ、前記物体の形成中に他の層によって部分的に支持されていない、前記物体を構成する層となる接着性をもった層を形成するに十分な硬化用照射の吸収性を有し、前記次の流体層を形成させる硬化用照射に前記次の流体層を曝している間に前記第2断面層を前記第1断面層に接着させて、複数の順次接着された断面層から三次元物体を形成する方法。
(2) 第2項
硬化し得る流体媒質から三次元物体を自動的に作成する装置において、作成する三次元物体の断面を表すデータを発生する演算装置と、前記流体媒質を収容する容器と、前記流体媒質が、1mmより小さい厚さをもつ形成中に他の層によって部分的に支持されていない、前記物体を構成する層となる接着性をもった層を形成するに十分な硬化用照射の吸収性を有し、前記流体媒質が指定された作業面を画成し、前記流体媒質を前記データに応答して発生された硬化用照射のビームに曝して、前記作業面上に第1断面層を形成する硬化用照射源と、この硬化用照射のビームが立体造形を迅速化するために直径が1mmより小さいスポットサイズと、少くとも1ワット/cm2の強度を有し、前記第1断面層に接着される第2断面層の形成に備えて、1mm以下の厚さをもつ次の流体層を前記第1断面層に自動的に積層する装置とを備え、これにより複数の順次接着された断面層から三次元物体を形成する装置。
(3) 第7項
コンピュータにより設計され創成された三次元物体を直接作成する装置において、画像出力を発生する演算装置と、前記画像出力が前記三次元コンピュータ設計物体の少くとも1つの薄い断面を画成し、流体媒質を収容する容器と、前記流体媒質が1mmより小さい厚さをもつ形成中に他の層によって部分的に支持されていない、前記物体を構成する層となる接着性をもった層を形成するに十分な硬化用照射の吸収性を有し、前記流体媒質が指定された作業面を画成し、硬化用照射源と、前記流体媒質を前記画像出力に応答して発生される硬化用照射のビームに曝して、前記作業面上に第1断面層を形成するコンピュータ制御装置と、前記硬化用照射のビームが立体造形を迅速化するために直径1mmより小さいスポットサイズと、少くとも1ワット/cm2の強度を有し、前記第1断面層に接着される第2断面層の形成に備えて、1mm以下の厚さをもつ次の流体層を前記第1断面層に自動的に積層するコンピュータ制御装置と、前記次の流体層を硬化用照射中に、直前の層に接着される次の流体層を自動的に形成させて三次元物体の自動形成を可能にするコンピュータ制御装置とを備えた三次元物体を形成する装置。
3 審決の理由の要点
別紙審決書の理由の写しのとおり、①訂正発明は、「Journal of Applied Photographic Engineering Volume 8, Number 4, August 1982, 185~188頁」(以下「引用例」という。)記載の発明に基づいて当業者が容易に発明することができたので、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、本件訂正の請求は認めることができない、②本件訂正前の特許請求の範囲第1、第2及び第7項に係る発明は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである(平成8年審判第4789号事件)、③本件発明の特許出願は適法な分割出願とは認められないから、出願日は平成元年5月1日となり、本件訂正前の特許請求の範囲第1、第2及び第7項に係る発明は、原出願に係る公開公報である特開昭62-35966号公報記載の発明と同一である(同年審判第10672号事件)、と認定判断した。
第3原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由1(手続の経緯)は認める。同2(訂正の適否について)は、2頁14行~12頁9行を認め、その余は争う。同3(特許無効審判について)は、16頁9行~20頁末行、22頁1行~24頁末行、25頁末行~29頁8行、30頁11行~32頁13行を認め、その余は争う。
審決は、訂正発明と引用例記載の発明との相違点(1)、(2)についての判断を誤った結果、本件訂正を許さなかったものであって、これらの誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点(1)についての判断の誤り)
審決は、引用例記載の発明において、「ビーム強度を『少なくとも1ワット/cm2』とすることは、当業者において困難性を有することなく容易になし得るものと認められる。」(13頁4行~6行)と判断したが、誤りである。
(1) 審決が摘示した特開昭57-125906号公報(以下「甲第2号証刊行物」という。)記載の発明は、感光性液体12を入れたガラス容器10の下から紫外ビーム24を照射し、基板13を連続的に上昇させて三次元物体(光導波路)を形成するものであって、連続的に材料を硬化していくものである。部分的に支持されない薄い層を形成するという点について、甲第2号証刊行物は全く示唆するところがない。
(2) これに対して、引用例記載の発明は、既に硬化された層に次の層を硬化させつつ接着して三次元物体を作成するものであって、その際の層の厚さや材料の光吸収性を問題にしているものである。
(3) このように、引用例記載の発明と甲第2号証刊行物記載の発明とは、技術的に全く背景の異なるものであるから、甲第2号証刊行物記載の発明における諸条件と引用例記載の発明における諸条件とは、おのずから異なるべきものである。したがって、両者が、単に「光硬化ポリマーを照射により硬化させる技術」で共通するからといって、甲第2号証刊行物記載の発明のビーム強度を、そのまま引用例記載の発明に適用することはできないのである。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)
審決は、「引用例には、積み重ねる断面の厚さが薄いほど精度の高い物体が得られることの記載がなされているから(「システム設計」の項参照)、さらに精度の高い物体を作成すべく『1mmより小さい厚さの層』を形成し得る流体媒質を用いることは当業者が容易に想到し得ること」(13頁8行~13行)であると判断したが、誤りである。
(1) 引用例には、層厚を1mmより小さくすればするほどますます困難になること(「実験的解像度研究」の項)、並びに1mm厚の層だけが良好に形成されたこと及び現在のレベルでは工作機械による加工品に要求されるような精度レベルにはまだ達していないこと(「コンピュータ駆動式立体生成器」と「結論」の項)が記載されている。これらの記載は、引用例の著者が、層厚は1mmが限度であって、それより薄い層を形成するのは困難であると思っていたこと、そして、材料の吸収性がそれを解決するための重要な要素であることに気付いていなかったことを示している。したがって、引用例に、「積み重ねる断面の厚さが薄いほど精度の高い物体が得られることの記載がなされている」からといって、それを根拠に、「さらに精度の高い物体を作成すべく『1mmより小さい厚さの層』を形成し得る流体媒質を用いること」は、当業者が容易にし得たことであるとすることはできない。
(2) 三次元物体の形成中に他の層によって部分的に支持されていない層を1mm未満まで薄くするためには、どうしても、流体媒質(硬化性液体)がそれを実現するだけの硬化用照射の吸収性を有していることが必要である。
ところが、訂正発明の対象である光造形法において草分け的な研究者として著名な【G】氏の研究論文「Review of Scientific Instruments Vol.52.No.11.P.1770-1773“Automatic method for fabricating a three-dimensional plastic model with photo-hardening polymer” November 1981」(以下「甲第7号証刊行物」という。)には、「硬化する層の厚みは紫外線強度と照射時間で決まる。従って照射領域と照射強度と照射時間を制御することによって、所望の形状と所望の厚みを持つ硬化層が成長する。」(1770頁左欄下から7~3行)として、異なるビーム強度について硬化層の厚みと照射時間との関係がグラフで示され(1771頁の図2)、同図には、1mm以下の硬化層の厚みがゼロ点まで、データとしてのプロット(実験で得られた測定点)はないのに、1mm以上の測定点に基づく予測によって描かれている。すなわち、いくらでも薄い所望の厚みの硬化層が得られることが示されているのである。
このように、当業者は、1mmより薄い層を得るには照射強度と照射時間を制御すればよいと思っていたのであって、訂正発明のように、吸収性の条件などを考慮しなければならないことには容易に気がつかなかったのである。
(3) 甲第7号証刊行物記載の発明で用いられた材料“Tevista”で実現できた最小の厚みは、1.00mmよりわずかに大きく、訂正発明で用いられた材料“Potting Compound 363”で実現できた最小の厚みは、0.80mm程度である。本件出願(原出願の出願をいう。以下同じ。)前には、1mmより小さい層を形成できるような吸収性を有している流体媒質を示す知見はなかった。
被告帝人製機は、甲第7号証刊行物の記述から、同号証刊行物記載の発明で使用された樹脂(帝人(株)製の「Tevista」)は0.1mmの硬化層を形成することができたのであって、本件出願前、1mmより小さい層を形成できるような吸収性を有している流体媒質がなかったということはない、と主張する。しかし、同号証刊行物において一層の厚みが0.1mmまで薄くされたと記述されているのは、円柱もしくは円錐を作製する場合であるから、物体の形成中に他の層によって部分的に支持されていない層ではない。
第4被告シーメットの反論の要点
1 取消事由1(相違点(1)についての判断の誤り)について
甲第2号証刊行物記載の発明は、造形の実施条件が多少異なっているものの、感光性材料をレーザービームによる紫外線のスポット照射により硬化させて三次元物体を作る技術であるという点において、引用例記載の発明と全く同一であり、同一分野の技術である。
また、レーザービームによる紫外線のスポット照射装置は、本件出願当時公用の装置であり、同じ構成及び性能のものが種々の分野に共通して用いられていた。
したがって、訂正発明や引用例記載の発明のような感光性材料を1層ごとに硬化し積層していく技術においても、照射強度などは、当業者が必要に応じて適宜選択し、公用の装置を用いて実施すれば足りる事項である。そして、ビーム強度が大きいほど硬化作用の大きいことは当業者に自明であるから、引用例記載の発明においてビーム照射の強度を1ワット/cm2とすることは、当業者にとって何らの困難なく容易にし得たことである。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
(1) 引用例の「実験的解像度研究」の項の記載は、原告が主張するような「層厚を1mmより小さくすればするほど困難になること、反応して機械的強度を示す光ポリマーであればどんなものでも使えること」などを述べたものではない。ここで述べられているのは、テスト物体を粘土で作成し、どの程度まで彫刻技術が微細部を表現できるかを検討したところ、1mm3の解像度が妥当な努力で良好に達成できることがわかった、そこで、光造形の実験を行うにあたって、1mm3の解像度を選択し、3Mが特許を有する特殊な光ポリマー液を使用した、ということである。この項の「反応して機械的強度があるプラスチックを生じる光ポリマー液であればよい」という記載は、使用するポリマー液は3Mのものに限らず1mm3の解像度を実現するのに適したものであればよいという趣旨を述べたものである。
引用例の「コンピュータ駆動式立体生成器」及び「結論」の項の記載は、原告が主張するような「層厚は1mmが限度であり、それより薄い層を形成するのは困難であると思っていたこと」などを示すものではない。引用例記載の発明は、1mm3の解像度を選択し、層の厚さが1mmになるように追加するポリマー液の深さを調節しているのであるから、形成される層の厚さが1mmにしかならないことは当然である。「結論」の項の記載は、引用例記載の実験(層厚1mm)では、工作機械の作業に必要な精密レベルにはまだ達していないことを述べているにすぎない。
(2) 甲第7号証刊行物について原告が指摘する「硬化する層の厚みは紫外線強度と照射時間で決まる。従って照射領域と照射強度と照射時間を制御することによって、所望の形状と所望の厚みを持つ硬化層が成長する。」という記述は、特定の感光性樹脂を用いたとき(樹脂を所与のものとしたとき)の層厚と照射の強度・時間との相関関係について述べたものであって、形成できる層の最小の厚さが照射の強度と時間とで決まるということを述べたものではない。同様に、第2図も、特定の感光性樹脂を用いたときの硬化層の厚さと照射時間との相関関係を示すことを目的とした図である。これらの記載内容から、照射の強度と時間さえ適当な条件とすればどれだけ薄い自己支持性の層も形成できる、というのが本件出願当時の当業者の認識であったとはいえない。
(3) 結局、相違点2は、形成された自己支持性の層の厚さが1mm(換言すれば、樹脂が1mmの厚さの自己支持性の層を形成するに足る硬化用照射の吸収性を有する)か、1mmより小さい(換言すれば、樹脂が1mmより小さい厚さの自己支持性の層を形成するに足る硬化用照射の吸収性を有する)か、ということでしかない。
層の厚さを小さくする必要性は引用例に示唆されている。そして、層の厚さを小さくするために異なる硬化性能をもった種々の樹脂を試してみることは、当業者が当然に考えることである。したがって、相違点2に係る審決の認定は、正当である。
第5被告帝人製機の反論の要点
1 取消事由1(相違点(1)についての判断の誤り)について
引用例記載の発明も甲第2号証刊行物記載の発明も、「感光性樹脂に光を照射して硬化させ三次元物体を製造する」点及び「光源としてレーザーを用いている」点で全く同じ技術であって、同一の技術分野に属するものである。
また、「三次元物体(光導波路)を連続的に形成」するのと、「既に硬化された層に次の層を硬化させつつ接着して三次元物体を作成」するのとの違いによって、光硬化のメカニズムが異なるわけではない。
したがって、前者の形成において1ワット/cm2以上の照射強度が用いられているのであれば、その照射強度を後者の作成に適用することに、当業者は容易に想到し得たはずである。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
(1) 原告は、引用例の「実験的解像度研究」の項に「層厚を1mmより小さくすればするほど困難になる」との記載があると主張する。しかし、同項には、「粘土で作製したテスト物体に1mmの線を引くことができる」と記載されているだけであるから、原告の主張は、証拠に基づくものではない。
引用例には、流体媒質の層厚を1mmとした、光硬化による造形物を作製する技術が記載されていて、その際使用した流体媒質が硬化用照射についてかなりの吸収性を有していて、硬化用照射により硬化することが記載されている。したがって、引用例の著者は層厚を1mmとする際には、流体媒質の硬化用照射の吸収性により流体媒質の硬化が起こることを認識していたといえるのである。そして、層厚が1mmより小さくなっても、その認識は変わらないはずであるから、引用例の著者は、層厚を1mmより小さくするためには材料の吸収性が重要な要素であることに気づいていたといえる。
(2) 甲第7号証刊行物には、解像度を決定するために、円柱と円孔を形成し、この実験では一層の厚みが0.1mmまで薄くされたと記載されており(1772頁左欄27行~右欄3行)、上記実験で使用された樹脂(帝人株式会社製の“Tevista”)は、厚さ0.1mmの硬化層を形成することができたのである。本件出願前、どのように照射条件を変化させても1mmより小さい層を形成することができなかったということはない。
第6当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点(1)についての判断の誤り)
(1) 甲第7号証によれば、同号証刊行物は、光硬化ポリマーをレーザービームの照射により硬化させる技術に関する論文であり、その中には、「硬化する層の厚みは紫外線強度と照射時間で決まる。従って照射領域と照射強度と照射時間を制御することによって、所望の形状と所望の厚みを持つ硬化層が成長する。」(訳文2頁6行~7行)との記載があることが認められる。上記事実によれば、光硬化ポリマーをレーザービームの照射により硬化させる技術において、照射ビームの強度は、照射時間等の条件との相関関係において、適宜に設計される事項であることが認められる。
甲第2号証によれば、光硬化ポリマーをレーザービームの照射により硬化させる技術において、1ワット/cm2を超えるビーム強度で照射を行うことは、本件出願前に当業者において適宜実施されていた技術事項であることが認められる。
引用例記載の発明も、光硬化ポリマーをレーザービームの照射により硬化させる技術であるから、これについて、ビーム強度を「少なくとも1ワット/cm2」とすることは、当業者において容易にし得たものというべきである。
(2) 原告は、甲第2号証刊行物記載の発明は、連続的に材料を硬化していくものであり、引用例記載の発明は、既に硬化された層に次の層を硬化させつつ接着して三次元物体を作成するものであるから、両者は、技術的に全く背景が異なると主張する。
しかし、連続的に材料を硬化していくか、既に硬化された層に次の層を硬化させつつ接着して三次元物体を作成するかによって、光硬化の機序(メカニズム)が異なるとは考えられないから、上記の相違は、前記(1)の認定を左右するに足りるものではない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
(1) 甲第3号証によれば、引用例には、積み重ねる断面の厚さが薄いほど精度の高い物体が得られることが記載されている(「システム設計」の項)。したがって、引用例に接した当業者は、更に精度の高い物体を作成するために1mmより小さい層を形成することに容易に想到することができたものと認められる。そして、1mmより小さい厚さの層を形成すれば、それに用いられた流体物質は、「1mmより小さい厚さの層」を形成し得るものであるから、引用例記載の発明について、相違点(2)に係る構成とすることは、当業者が容易にし得たことというべきである。
(2) 甲第3号証によれば、引用例には、「テスト物体を粘土で作製して、どの程度まで彫刻技術が微細部を表現できるかを決定した。テラコッタ粘土では、1mmの線をある程度まで注意して引くことができる。それよりも細かくするほどますます困難になり、・・・粘土彫刻家が等身大の胸像を作製するとき、1立方mmの解像度が妥当な努力で最も良好に達成できるようである。・・・これらの実験に対して、1立方mmの解像度を選択した。・・・構成媒体として、3Mが特許を有する、適当な波長で感光する光ポリマー液を使用した。・・・反応して機械的強度があるプラスチックを生じる光ポリマー液であればよい。」(「実験的解像度研究」の項)、「光ポリマーはレーザ波長にかなりの吸収力を有しており、・・・。1mm層はその厚さ全体で十分に露光され、下層に光接合され、・・・。実際に使用する際は、光ポリマー液の層に1cmの正方形を描くようにレーザビームを進めるようにコンピュータをプログラムした。次に、ビームをゼロ点へ戻して、反応媒体から離した。ここでプログラムを中断して次の作業を保留した。次に、光ポリマー容器を1mm下降させて、さらなる未露光材料を1mm深さまで追加した。プログラムを再開して、今度はビームで2番目の正方形を、第1のものから10゜回転させて描いた後、反応媒体から離した。この手順を10回繰り返した。」(「コンピュータ駆動式立体生成器」の項)、「現在のレベルでは、この技法は彫刻様の物体を形成するのに十分な描写を行うことができるが、工作機械の作業に必要な精密レベルにはまだ達していない。」(「結論」の項)との記載があることが認められる。そうすると、引用例記載の発明においては、粘土彫刻家が等身大の胸像を作製するとき、1mm3の解像度が妥当な努力で最も良好に達成できるようであるという理由から、光硬化ポリマーをレーザービームの照射により硬化させる実験でも、1mm3の解像度を選択したにすぎないものであり、その結果、「彫刻様の物体を形成するのに十分な描写を行うことができる」と結論されたものであるから、1mmをわずかに下回る層厚の形成を試みた場合に、それが形成できないとは考え難く(これに反する証拠はない。)、引用例に接した当業者も同様に考えることは明らかである。したがって、当業者は、引用例記載の発明から、容易に1mmより小さい層を形成することに想到したものと認められるし、その結果、それに用いられた流体物質は、「1mmより小さい厚さの層」を形成し得るものとなったものというべきである。
(3) また、当業者において、更に精度の高い物体を作成するために1mmより小さい層を形成することに想到すれば、引用例記載の発明で使用された光ポリマー液に限らず、適宜な「反応して機械的強度があるプラスチックを生じる光ポリマー液」を試みることは当然であるから、どのような光ポリマー液を使用するかは、設計的事項というべきである。そして、甲第7号証によれば、甲第7号証刊行物には、光硬化ポリマーをレーザービームの照射により硬化させる実験において、「使用された感光性樹脂は(帝人から市販されている)テビスタである。」(訳文2頁19行)、「一層の厚みが0.1mmまで薄くされ、直径0.7mmで高さ2mmの円柱群が形成された・・・水平な薄層を硬化するとき(Fig6(c))あるいは水平な薄層が硬化されないとき(Fig6(d))、一層の最小厚さは照射強度と照射時間の精度によって影響を受ける。厚み精度が0.2mmで硬化層を形成することは困難でなかった。」(訳文4頁下から9行~3行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、本件出願前に、物体の形成中に他の層によって部分的に支持されていない層を形成する場合も含めて、1mmより小さい厚さを持つ層を形成し得る光硬化ポリマーが存在していたことが認められるから、1mmより小さい層を形成することが不可能であったとも認められない。当業者が、相違点(2)に係る訂正発明の構成を得ることは、この意味においても、容易であったものというべきである。
もっとも、甲第8号証には、“Tevista”で実現できた最小の厚みは、1.00mmよりわずかに大きい旨の記載があるけれども、上記記載は、いかなる条件で実験した結果であるかが不明であるから、採用することができない。
(4) 原告は、引用例には、その著者が、層厚は1mmが限度であって、それより薄い層を形成するのは困難であると思っていたこと、そして、材料の吸収性がそれを解決するための重要な要素であることに気付いていなかったことを示されていると主張する。
しかし、前記(2)認定の引用例の記載によれば、引用例記載の発明においては、粘土彫刻家が等身大の胸像を作製するとき、1mm3の解像度が妥当な努力で最も良好に達成できるようであることから、光硬化ポリマーをレーザービームの照射により硬化させる実験でも、1mm3の解像度を選択したため、必然的に各層の厚さは1mmとなったにすぎないものであって、引用例記載の発明は、「工作機械の作業に必要な精密レベル」には達しないという認識は示されているものの、1mmより小さい層を形成することができないという認識が示されていると認めることはできない。また、引用例の前記「反応して機械的強度があるプラスチックを生じる光ポリマー液であればよい。」との記載は、1mm3の解像度を選択したことを前提として、構成媒体は3Mが特許を有する光ポリマー液に限られないことを説明したものと解することができる。
したがって、引用例に、その著者が、光硬化ポリマーをレーザービームの照射により硬化させる際の層厚は1mmが限度であって、それより薄い層を形成するのは困難であると思っていたとか、材料の吸収性がそれを解決するための重要な要素であることに気付いていなかったとか、ということが示されているということはできない。
(5) 原告は、甲第7号証刊行物に関して、図2では、1mm以下の硬化層の厚みがゼロ点まで、1mm以上の測定点に基づく予測によって描かれているから、当業者は、1mmより薄い層を得るには照射強度と照射時間を制御すればよいと思っていたと主張する。しかし、同号証刊行物の実験において用いられた「テビスタ」は、物体の形成中に他の層によって部分的に支持されていない層を形成する場合も含めて、1mmより小さい厚さを持つ層を形成し得る光硬化ポリマーであったことは前認定のとおりであるから、「テビスタ」は、照射強度と照射時間を制御すれば1mmより薄い層が得られるものである。したがって、テビスタについて、同号証刊行物に1mmより薄い層を得るには照射強度と照射時間を制御すればよいとの趣旨の記載があるとしても、それは、訂正発明を示唆するものということはできても、当業者が訂正発明に想到することを妨げるものということはできない。
3 以上のとおりであるから、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
第7よって、本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告及び上告受理の申立てのための付加期間の付与について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 阿部正幸)
別紙